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東京地方裁判所 平成6年(レ)250号 判決

控訴人

有限会社ウェルストン

右代表者清算人

石井成都子

控訴人

株式会社けやき

右代表者代表取締役

石井寅三

右両名訴訟代理人弁護士

上田太郎

被控訴人

高橋信夫

右訴訟代理人弁護士

田中泰治

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  申立

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  本件訴訟は平成三年三月二八日訴訟上の和解により終了した。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二  事案の概要

一  本件は、原審において成立した和解は無効であると判断して実体審理をして控訴人らの本訴建物明渡請求は理由がないとして棄却した原判決に対し、控訴人らが、右和解は有効であると主張して、本件訴訟が和解により終了した旨の宣言を求めている事案である。

二  基礎となる事実(1の事実は当事者間に争いがなく、その余の事実は当裁判所に顕著である。)

1  控訴人有限会社ウェルストン(以下「控訴人ウェルストン」という。)は、昭和六二年九月一日、被控訴人に対し、後記3記載の物件目録記載の建物(以下「本件建物)という。)を賃料月額七万三〇〇〇円、期間二年の約定で賃貸した(以下「本件賃貸借契約」という。)が、昭和六三年一〇月二九日到達した書面で、被控訴人に対し、本件建物取壊しの必要を理由として、本件賃貸借契約の更新拒絶の通知をし、更に、被控訴人が平成元年八月三一日の期間満了後も本件建物の使用収益を継続していたので、同人に対し、平成元年九月二〇日到達した書面で異議を述べた。

2  控訴人ウェルストンは、平成二年三月二〇日、被控訴人を被告として、渋谷簡易裁判所に対し、前項の事実を請求原因として、賃貸借契約終了に基づき本件建物の明渡しを求める建物明渡請求訴訟を提起した(渋谷簡易裁判所平成二年(ハ)第一四〇号建物明渡請求事件)。

3  本件につき、平成三年三月二八日、渋谷簡易裁判所において、控訴人ウェルストン、利害関係人石井成都子、同石井寅三、同石井力、同石井龍及び被控訴人との間で、左記のとおりの和解条項をもって訴訟上の和解が成立した(以下「本件和解」という。)。

(和解条項)

(一) 原告は、被告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、引続き左記のとおり賃貸し、被告は借受けた。

(1) 使用目的  生花、園芸用品販売

(2) 賃貸借期間 平成三年四月一日から二年間

(3)賃料    別途協議する。

(4) その他の条件は、昭和六〇年八月三一日付けの契約書のとおりとする。

(二) 被告は、本件建物を他に転貸し又は賃借権を譲渡してはならない。

(三) 被告は、利害関係人石井成都子、同石井寅三、同石井力、同石井龍らに対し、同人らが、本件敷地に隣接する土地にマンションを建設することに賛成し、協力する。

(四) 当事者双方は、本和解条項に定めるほか、何らかの債権債務のないことを相互に確認する。

(五) 訴訟費用は各自の負担とする。

(物件目録)

所在 東京都世田谷区成城七丁目壱参四〇番地五

家屋番号 壱参四〇番五

種類 店舗

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺弐階建

床面積 壱階 31.54・平方メートル

弐階 21.17平方メートル

右の壱階部分の内、6.6平方メートル

4 被控訴人は、平成五年五月七日、渋谷簡易裁判所に対し、本件和解は無効であると主張して、口頭弁論期日の指定を申し立て、同裁判所は、同月一一日、本件口頭弁論期日を同月二八日年後一時三〇分と指定した。

5 東京簡易裁判所(渋谷簡易裁判所は、平成六年九月一日をもって東京簡易裁判所に統合され、本件は、東京簡易裁判所平成六年(ハ)第五四三七号建物明渡請求事件として係属することとなった。)は、被控訴人の申立により、平成六年九月九日、控訴人株式会社けやきに対し、控訴人ウェルストンの訴訟承継人として訴訟引受を命じた(同裁判所平成六年(サ)第九二九号訴訟引受申立事件)。

6 東京簡易裁判所は、平成六年一〇月五日、本件和解は無効であり、控訴人らの本訴請求については、控訴人ら主張の正当事由を認めるに足りる証拠がないとして、「一 原告の請求を棄却する。二 訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を言い渡した(本件原判決)。

三 争点

本件和解の効力の有無

(被控訴人)

1 本件和解は、賃貸借の終了に基づく建物の一部分の明渡請求について、賃貸借の存続を前提として成立したものであるが、本件和解調書に添付された前記物件目録には、建物のどの部分を賃貸借の目的としたものか明示されておらず、目的物が特定されていないから、無効である。

2 また、被控訴人は、本件賃貸借契約の当初から前記物件目録記載の建物の一階のうち約半分の、西側道路に面した部分一六平方メートルを賃借し使用占有してきたので、本件和解においても当然、従前どおりの部分をそのまま賃借し使用占有できるものと考えていたところ、本件和解調書に添付された前記物件目録には「壱階部分の内、6.6平方メートル」と表示されており、賃借し使用占有できる部分もその範囲に限るとされている。したがって、本件和解は、要素の錯誤により無効である。

(控訴人ら)

1 被控訴人は、本件建物の西側道路に面した部分を賃借しており、本件和解調書に添付された前記物件目録に賃借面積が6.6平方メートルと記載されていることと併せれば、目的物の特定は可能となるから、本件和解は有効である。

2 また、本件和解は、執行を予定しているものではなく、執行の可否という観点からの目的物の特定の必要はないし、次の事情によれば、本件においては、前記物件目録程度の記載で目的物が特定していると取り扱っても被控訴人に不意打ちにはならない。

(1) 本件賃貸借における契約書に記載されている賃借面積は6.6平方メートルであること。

(2) 被控訴人本人が記載した賃料の供託書にも賃借面積を6.6平方メートルと記載していること。

(3) 甲第一号証の図面からすると、本件賃借部分は道路側からであることが明白であること。

(4) 原審で行われた鑑定においても賃借面積は6.6平方メートルとされており、その位置も道路側からであることが明らかであること。

(5) 原審では第一回口頭弁論期日より直ちに司法委員を交えた和解として話し合いに入り、平成三年三月二八日の和解成立まで一年近くにわたり、九回の期日を重ねて成立したものであり、被控訴人に本件建物を道路側から賃借していることについて不明であったことはないこと。

第三 当裁判所の判断

一  前示のとおり本件和解調書に添付された物件目録には、賃貸借の目的物の範囲として「右の壱階部分の内、6.6平方メートル」という記載があるのみであって、右調書の記載自体からは、目的物が本件建物一階部分のうち、どの部分であるか確定することはできないから、目的物は特定されていないというべきである。

二  これに対し、控訴人らは、本件和解調書に図面等が添付されていなくても、被控訴人の賃借部分は、本件建物の西側道路に面した部分であり、これに賃借面積が6.6平方メートルであるとの記載と併せれば、目的物の特定は可能であると主張し、このうち、被控訴人の賃借部分が本件建物の西側道路に面した部分であることは当事者間に争いがない。

しかしながら、仮に目的物の面積が6.6平方メートルであったとしても、本件建物の西側道路に面した部分のうち、どこまでが目的物の範囲であるかを一義的に特定することができないのは明らかである。

そのうえ、本件においては、被控訴人の賃借面積について、昭和六〇年八月三一日付賃貸借契約書(甲第三号証)、供託書(甲第四号証の一、二及び乙第八号証)には、いずれも「6.6平方メートル」との記載がある一方、原審における被控訴人本人尋問の結果及びこれにより成立が認められる乙第二号証によれば、本件和解成立の時点までに被控訴人が本件建物内において現実に使用収益してきた範囲の面積は6.6平方メートルを超えるもののようであったことが窺われ(このことは、控訴人ら代理人が、当時被控訴人の代理人であった弁護士玉井眞之助宛に送付した平成四年八月三一日付書簡[乙第一八号証。但し、弁論の全趣旨によりその成立を認める。]において、同月二二日に控訴人株式会社けやきが行った本件建物内の仕切り壁設置工事後においても、なお被控訴人の占有面積が6.6平方メートルよりも広いと述べていることからも推認されるところである。)、被控訴人の賃借面積が6.6平方メートルであったと断ずることはできないものである。

そうすると、いずれにしても、控訴人らの右主張は採用できず、本件和解調書の記載から賃貸借の目的物を特定することはできないから、被控訴人のその余の主張について判断するまでもなく、本件和解は無効というべきである。

三  また、控訴人らは、本件和解は賃借権の存続を前提とするもので執行を予定するものではなく、また、和解を有効と解しても、被控訴人にとって不意打ちにはならないから、目的物は特定されていると理解すべきであると主張する。

しかしながら、執行を予定していないとしても、合意の前提として目的物の特定は不可欠な要素というべきことはいうまでもないし、控訴人らが主張する事由は、本件和解において、目的物が特定しているとする根拠として十分なものではない。また、前示のとおり、本件では、契約書等に記載された面積と被控訴人が現実に使用していた範囲が一致していなかったもののようであることからすれば、図面等によって賃借部分を明示することもなく、本件和解調書に添付された物件目録中の「壱階部分の内、6.6平方メートル」という面積の記載をもって被控訴人の賃借権の範囲を限定することは、むしろ、被控訴人に対し、不意打ちを与えるものというべきである。したがって、いずれにしても、控訴人らの右主張は採用できない。

四 さらに、控訴人らは、本件和解条項のうち、本件建物に関する第一、第二項が無効であるとしても、本件建物の特定に無関係の事柄である第三項も含めて本件和解が全部無効となる理由が不明であると述べるが、少なくとも訴訟物に関する合意が無効となる場合には、これに付随してなされた合意もその前提を欠くものとして無効となることは当然である。

五 なお、控訴人らは、原審では第一回口頭弁論から本件和解が成立するまではもちろん、その後、原判決に至るまでの間、一度も目的物を特定せよとの訴訟指揮を受けておらず、本件和解のように強制執行を予定しない場合には、実測図面の添付が不要であると裁判所が判断していると理解しており、和解成立後に至って突然和解全部が無効であると判断することは控訴人らに不意打ちを与えるもので、公平な判断とは言い得ないと主張する。

しかしながら、本件和解成立までに目的物を特定せよとの訴訟指揮がなかったからといって、和解成立の前提としての目的物の特定が不要になるものではない。また、被控訴人の期日指定の申立に基づき口頭弁論期日が指定された後には、目的物の特定如何が争点となったことが明らかであるから、控訴人らにとっても、右争点について検討する機会が十分に与えられていたものというべきであって、右期日指定後、目的物を特定せよとの訴訟指揮をせずに、本件和解が無効であると判断したとしても、およそ控訴人らに不意打ちを与えるものではないことはいうまでもない。

六 ところで、右によると、控訴人らの本訴請求についても、目的物の特定がなく、その請求自体特定していないと言わざるを得ないが、本件では、前記請求原因のうち、控訴人ウェルストンのなした更新拒絶に正当事由がないことが明らかであるから、これを棄却するとした原判決は相当として是認することができる。

七 よって、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官満田明彦 裁判官沼田寛 裁判官野口宣大)

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